賃貸経営者・不動産オーナーのための相続対策
「親が認知症になって不動産賃貸経営ができなくなった」、「急に相続することになり経営のノウハウが分からず苦労している」など賃貸経営者、その後継者からのご相談が増加の傾向にあります。
不動産は現金などの金融資産と違って、単純に分割することはできないという性質があり、また共有にした場合、不動産全体を処分するには共有者全員の同意が必要なため、スムーズに進まない可能性があります。
また、将来認知症などで判断能力を失ってしまったら、相続にご自身の意向を反映できないかもしれませんし、それ以前に判断能力を失ってしまった後の生活を考えると不安がより大きくなることでしょう。
また、「親がアパートの大家で、いずれ自分が経営を引き継ぎたいと思っているが、まだ先のことだから準備は早い」などと思う後継者の方もいらっしゃいますが、準備不足の状態で賃貸経営を引き継ぐことになってしまい、賃貸経営の状況について全く把握できていないまま、見切り発車せざるを得ないというケースもあります。
不動産経営をする経営者が何ら対策をしないまま相続を迎えると、家族の相続争いや相続税納税のための資金不足など、様々な問題が発生する恐れがあります。
認知症などのリスクに備え、相続は早めの準備をお勧めします。残された家族が困らないためにも、判断能力があるうちに準備をしておくことが大切です。そこで、このページでは、賃貸経営の相続で実際に起こるトラブルや対処法、事前対策などについて解説していきたいと思います。
賃貸経営者・不動産オーナーに起きうる相続トラブルの例
・賃貸マンション・アパートの建築資金について借入をしているため、相続するか、それとも放棄するのか
・遺産分割成立まで固定資産税を誰が支払って、賃料収入は誰のものになるのか
・不動産の管理は誰が行うのか
・相続税の納税資金をどこから捻出するのか
・相続税の節税対策ができないか
など、不動産経営をする経営者が何ら対策をしないまま相続を迎えると、家族の相続争いや相続税納税のための資金不足など、様々な問題が発生する恐れがあります。
賃貸経営の相続準備はできるだけ早く!
賃貸経営者・不動産オーナーが検討したい相続対策
一般的に「相続対策」という場合には、次の3つの対策が必要と言われてきました。
① 遺産分割対策(争族防止対策)
② 相続税対策
③ 資金対策
この内、③の資金対策は、納税資金の準備や遺産分割を円滑に進めるための代償金その他の資金の準備であり、①②に含まれるとも考えられます。最近では、これに加えて、④の対策の重要性が増しています。
④ 認知症対策
争族防止対策
遺言書を作成する
賃貸経営者・不動産オーナーの大切な財産を守るため、そして、かけがえのない家族を守るため、遺言書を残していくことが必要です。
遺言書を残していないと、遺産分割協議が長引く可能性があり、相続税申告期限までに遺産分割協議が成立しなかったり、不動産の登記名義を変更することができないなどの問題が生じてしまいます。
また、所有不動産に関する賃料収入も遺産分割協議成立までは各相続人の法定相続分に応じてそれぞれ分割帰属することになり、最終的に不動産を取得したとしても、それまでに確保できる資金が減少するため、相続後の手続きに支障が生じる可能性もあります。
所有する財産それぞれについて相続する者を定めた有効な遺言書があれば、その遺言書どおりに遺産を分けることができるため、相続人による遺産分割協議をする必要はありません。
また、相続税の各種特例の適用を受けるためには、誰がどの財産を取得するのかが確定している必要がありますので、遺言書によって財産を相続する者を確定しておくと、特例の時用による節税ができ、スムーズな税務申告も可能になります。
生命保険を活用する
1つの不動産を現実に分割するというのは困難ですし、複数の不動産がある場合に、不動産によって評価も大きく異なる場合もありますので、不動産のみで、相続人間で平等に分割することが難しいこともあります。また、一体の不動産を複数の相続人に細分化して取得させるよりも、一部の相続人に集中させた方が、将来にわたって、効率的な不動産経営ができることもあります。このように、一部の相続人に不動産が集中したり、不平等な内容の遺言書を作成する際には、生命保険を活用することも検討していただくことになります。
たとえば、相続人は子であるAとBであり、遺産の内容が1億円相当の賃貸アパート及び敷地、2,500万円相当の預貯金であった場合に、Aに1億円相当の賃貸アパート及びその敷地を相続させると、AはBから625万円相当の遺留分侵害額請求をされることになりますし、相続税相当額の資金も別途準備が必要になります。すなわち、Bの遺留分は全財産の4分の1、3125万円があり、仮に預貯金の2500万円をすべてBに相続させたとしても、遺留分には625万円不足しています。
(1億円+2500万円)×1/4-2500万円=625万円
その際、Aは十分な自己資金を保有していなければ、遺留分相当額と相続税相当額の準備ができないことになり、折角相続した賃貸アパート等を売却しないといけないという事態に陥ることもあり得ます。
そこで、死亡保険金は「相続財産」ではなく、死亡保険金受取人固有の財産であることを活用して、保険金受取人をAにして、Aは受け取った保険金から、Bに対し、遺留分相当額を支払うという対策なども検討することになります。
例えば、前記の例で、2,500万円相当の預貯金全額で一時払い終身保険に加入した場合、2,500万円相当の預貯金が相続財産からなくなりますので、相続財産は1億円相当の賃貸アパート及び敷地のみとなります。Aが、遺言によって、1億円相当の賃貸アパート及び敷地を相続した場合、Bの遺留分は遺産の1/4相当である2500万円になります。Aは、死亡保険金2500万円を受け取り、ここからBに対し、遺留分相当額を支払えば自己資金なしで済みます。
1億円×1/4=2500万円
※ ただし、今後の生活費を考えると預貯金全額で生命保険に加入するのは現実的ではないこと、また、生命保険金が遺産総額に占める割合が多い場合などに例外的に生命保険金も遺産総額に組み込んで遺留分を算定することもあり得ることから、実際に対策をされる際は、専門家にご相談ください。
なお、死亡保険金も相続税の算定においては「みなし相続財産」とされますが、死亡保険金については「500万円×法定相続人の数」の非課税限度額があり、この金額を控除した金額が課税対象になります。このように非課税限度額の分だけ、相続税の計算上も有利になります。
相続税対策
小規模宅地等の特例の適用
小規模宅地等の特例を利用すると、自宅の宅地については評価額を最大8割減額することができます。
小規模宅地等の特例についての詳しい内容は、下記の記事や国税庁ホームページをご覧ください。
国税庁ホームページ:No.4124 相続した事業の用や居住の用の宅地等の価額の特例(小規模宅地等の特例)>>
最大で相続税評価額を8割減額できるこの特例ですが、適用の要件が非常に複雑です。また、小規模宅地等の特例が使えるからという理由で宅地等の取得者を決めることは、後のトラブルの原因となります。所有不動産を今後どのようにしたいのかを最優先に考えて検討することをお勧めします。
なお、前記争族防止対策で紹介しました「遺言の作成」も、相続税対策において重要な意味をもちます。遺言がないまま相続が発生しますと、相続税の申告・納税期限までに、遺産分割協議が成立しないことも考えられますので、しっかりと遺言を作成しておきましょう。
生前贈与をする
相続税対策として、生前贈与をして後継者へ物件の所有権を移転してしまう方法もあります。賃貸物件(アパート・マンションなど)を贈与する場合は、「相続時精算課税制度」を活用することで、贈与税を抑えることが可能です。
相続時精算課税制度とは、生前贈与を促進するために創設された制度であり、2500万円の特別控除枠が設けられ、これを超えた分にかかる税率が一律20%になります。
※孫への贈与の場合は、原則として相続税の申告時に20%加算の対象となりますので注意が必要です。
相続開始より前の段階で、子らに財産を移転できるというメリットがありますし、それによって賃貸物件から発生する賃料収入も後継者のもとで蓄積されますので、親のもとで現預金が蓄積されない(相続財産の増加を抑えられる)という点で相続税の節税効果も期待でき、また後継者も納税資金等の準備をすることができるというメリットもあります。
また、相続税による精算時(相続時)に、相続財産と合算する贈与財産の価額は贈与時の評価額で固定されますので、贈与時から相続時までの評価が上昇することが予想される場合には、評価が低いうちに財産を移転でき、なおかつ贈与時の低い評価額で相続税の計算ができますので、節税効果が期待できます。
しかし、逆に贈与時よりも相続開始時に評価額が低下しているような場合には、贈与時の高い評価額で相続税が課税されますので、この制度を利用しない場合よりも相続税額が多くなるというデメリットもあります。
また、一度、この制度を適用すると、その後は、年間110万円の贈与税の非課税枠がある「暦年贈与」との併用ができなくなります(ただし、別の贈与者からの贈与には適用可能です)。
更には、この制度を選択することで、本制度を適用して贈与を受けた財産は、前記の「小規模宅地等の特例」も利用できません。「小規模宅地等の特例」は、一定の要件を満たしていれば、その評価額を80%減額できますので、宅地の評価額が高ければ、大きな節税に繋がりますので、特例が適用できる土地の場合には、相続時精算課税を適用する贈与財産からは除く方が有利なことが多いでしょう。
資産を法人化する
法人を設立して、その法人に所有している賃貸物件の所有権を移す方法です。
賃貸経営において、年間の賃料収入が高額な場合、毎年の所得税の納税額が高額になっている方もおられますし、その収入が蓄積されますと相続財産が増殖することになり、相続税の課税額も増えてしまう可能性があります。そこで、法人に賃貸物件を売却することで、その後の賃料収入も法人の収入になりますので、賃料収入により相続財産が増加することを抑制することが可能です。また、賃料収入を得た法人が、役員や従業員として活動する家族に対し、役員報酬や給料を支払うことで、後継者に納税資金等を準備させることも可能です。
しかし、条件によっては法人に不動産を売却する時の譲渡所得税や法人が負担する不動産取得税が高くなってしまうケースもありますので、弁護士や税理士などの専門家に相談の上、慎重に検討することをお勧めします。
認知症対策
任意後見制度を活用する
賃貸オーナーの相続には事業承継が伴うため、認知症対策は必須です。単に財産を渡すだけでなく、経営の承継には、ノウハウ、人脈を含めて引き継ぐことが必要になりますし、事業は継続性が重要ですので、判断能力が低下することに備え、任意後見契約や家族(民事)信託などで事前に対策しておくことが重要です。
「任意後見制度」とは、まだ十分な判断能力があるうちに本人と本人自身が財産管理等を委ねたい任意後見受任者との間で契約を結び、判断能力が低下した段階で家庭裁判所に任意後見監督人を選任してもらって任意後見を開始する制度です。
「法定後見制度」とは違い、「任意後見制度」は、ご本人が自分の意思を伝えて、委託する後見業務の内容を決められることや、ご自身が信頼できると考えておられる親族等を後見人に指名することができます。
任意後見制度の1番大きなメリットは、契約書に後見人の事務範囲や本人の希望を盛り込むことができる一方で、第三者である任意後見監督人が監督しますので、公正な財産管理が期待できることです。
また、後記の家族信託とは異なり、「財産管理」だけではなく、「身上監護」といって、要介護認定の申請等の諸手続、介護サービス提供契約の締結、介護費用の支払い、医療契約の締結、入院の手続、入院費用の支払い、生活費を届けたり送金したりする行為、老人ホーム等の入居契約を締結する行為等の「介護や生活面の手配」を行うこともできます。
本人と同居していない親族が任意後見人として契約された場合は、判断能力の低下等に気付きにくい恐れがあります。そのため、定期的に判断能力を確認する「見守り契約」を併せて結ぶことをお勧めします。
家族信託を活用する
家族信託は、信頼できる家族や親族を選んで、財産管理を任せる仕組みをいい、「誰(委託者)が、誰(受託者)に、何(財産)を、どう管理するか(信託目的)」を定めた信託契約を結びます。任意後見制度よりもかなり自由度が高く、信託財産を将来に渡ってどう扱いたいかを話し合い、その合意事項に沿って自由に契約内容を設計できる点に特徴があります。
ただし、家族信託は、「財産管理」に特化した仕組みですので、任意後見人には可能な「身上監護」ができません。もっとも、信託受託者が、同居の親族等である場合、同居の親族として身上監護に関する行為ができることが多いため、家族信託だけでも大きなデメリットがないことが多いかと思われます。
また、家族信託は、あくまで契約で合意した信託財産の管理等ができる制度です。年金は本人名義の口座に振り込まれますので、年金そのものを信託財産にはできませんし、信託譲渡するための地主の承諾が得られなかった借地権などについても、信託財産にできないため、家族信託ではこれらの「財産管理」ができないことになります。そうしますと、信託財産にできないこれらの財産の管理が必要な場合には、家族信託と任意後見制度を併用することも検討することになります。
家族信託を設定すると同時に任意後見契約も結んで、任意後見人が年金の受け取りや施設との契約や支払いなどをできるようにしておけば、万全な対策になります。
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