被相続人が生前贈与を行っていた場合、遺留分にどう影響するの?

Q.私の父が先日亡くなりました。母は,3年前に亡くなっており,父の相続人は私と兄の2人です。 

 父の財産は,預貯金の他に,実家の不動産があり合計の価値は4000万円です。父は,5年前に私に住宅資金として500万円,15年前に,兄に住宅資金として900万円を生前贈与しています。なお,父は商売をしていたこともあり,借金が500万円あります。
 私が長年父の身の回りの世話をした一方,兄は東京に行ったきり実家に帰ることもほとんどありませんでした。そうしたことから,父は,全財産を私に相続させる内容の遺言を作成していました。
 この遺言の内容を兄に伝えたところ,兄は,自分には遺留分があるので請求すると言ってきました。私は,長年,父の面倒を見ていたのに,父のために何もしていなかった兄にお金を払わないといけないのでしょうか?


A.お兄様には,相続人として,遺贈や生前贈与によっても奪われない最低限の相続権である遺留分があります。お父様の遺言の内容が遺留分を侵害している場合には,お兄様にその侵害額相当額を支払わなければなりません。しかし,お兄様の遺留分侵害額を計算する際,お兄様がお父様から受けた生前贈与を考慮する場合があります。

 

遺留分とは?

贈与 

遺留分制度とは,被相続人が有していた相続財産について,最低限,法定相続人に保障する制度です。民法1042条以下

 「遺留分」とは,一定の相続人について,最低限保障されている持分的利益をいいます。

  
 本来,被相続人は,自分の財産を自由に処分することができるはずです。しかし,他方で,相続制度は遺族の生活保障としての機能,また,遺産形成に貢献した遺族の相続財産の潜在的持分を清算する機能を有しています。そこで,民法は,遺留分制度により,被相続人の財産処分の自由と相続人の保護という,相対立する利益を調整しています。

 

 例えば,被相続人が遺言や生前贈与で,全財産を特定の子供だけに譲るとか,愛人に譲るということをした場合などに,相続人は遺留分侵害額請求を行うことで,相続人の生活保障を図ることができます。

 

遺留分の侵害とは?

 被相続人が遺贈をしたり,生前贈与した結果,遺留分権利者(遺留分権を有する相続人のことをいいます。)が,自己の遺留分を下回る額の財産しか相続できなかった場合当該遺留分権利者の遺留分が侵害されたこととなり,侵害された遺留分について請求をしていくことができます。

 

遺留分侵害額の算定方法は?

遺留分を算定するための基礎となる財産額の計算

 遺留分侵害額を計算するためには,まず遺留分を算定するための基礎となる財産額を算定する必要があり,次のとおり算定します。
 

【遺留分を算定するための基礎となる財産額】
=「相続開始時における被相続人の積極財産の額」+「生前贈与の額」-「被相続人の債務の額」
相続開始時における被相続人の積極財産とは

 相続開始時における被相続人の積極財産とは,例えば預貯金や不動産などの資産のことをいいます。

 

 そして財産の評価の基準時は,相続開始時になります。したがいまして,相続開始時における不動産の価格が1000万円だったものが,その後不動産価格が上昇して,遺留分を請求する時点の価格が1500万円になったとしても,相続時の価格である1000万円として評価します。

遺留分を計算する際の生前贈与とは

①相続開始前1年間にされた贈与

 贈与契約が相続開始前の1年間に締結された場合,当該贈与について,遺留分を算定するための基礎となる財産額に加えます。ここでの贈与は,相続人以外の第三者に対する贈与についても含まれます。

 

 例えば,被相続人が一般社団法人へ財産を拠出したような場合にも,当該財産を遺留分の基礎財産へ算入します。

 

②遺留分権利者に損害を加えることを知ってされた贈与

 相続開始の1年よりも前にされた贈与であっても,贈与契約の当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってされた贈与については,遺留分算定の基礎財産に算入され,遺留分侵害額請求の対象となります(民1044条1項後段)。

 

 「損害を加えることを知って」とは,遺留分権利者に損害を加えるべき事実を知っているだけではなく,将来において被相続人の財産が増加することはないとの認識をもっている必要があるとされていますが,損害を与えるという加害の意図や誰が遺留分権利者であるかを知っている必要はありません。

 

③相続人に対する特別受益としての贈与の算入

 共同相続人の一人に対してなされた贈与は,相続開始前の10年間にされたものであれば,特別受益にあたるものである場合に限り,遺留分算定の基礎財産に算入されます(民1044条第2項,第3項)。

 

 また,前記②の要件に該当する場合は,相続開始の10年より前の共同相続人の一人に対してなされた贈与も遺留分侵害額請求の対象となります。

※特別受益とは,相続人が被相続人から受け取った特別な利益のことです。

※令和元年7月1日より前に生じた相続について

現行法では,上記のとおり,遺留分の基礎財産に含まれる相続人に対する特別受益は,相続開始時の10年間になされたものに限定されています。もっとも,令和元年7月1日より前に生じた相続については,旧民法が適用されます。旧民法においては,遺留分を算定するための基礎となる財産額の計算において相続人に対する特別受益について期間制限がありません。したがいまして,令和元年7月1日より前に生じた相続については,例えば相続開始時より20年前になされた特別受益についても,遺留分算定の基礎財産に算入されます。

特別受益について詳しくはこちら

 

被相続人の債務

 遺留分算定の基礎となる財産額を算定する際には,相続債務の全額を相続財産から控除します。(民1043条1項)。

 

 これは,遺留分制度が「相続人が現実に取得する価額」を基礎として遺留分権利者に一定割合を留保する制度であることを根拠としています。


 そして,遺留分の基礎となる財産から控除される債務は,私法上の債務(借金や未払いの医療費等)だけでなく,税金や罰金などの公法上の債務も含まれます。


 被相続人が他人のために連帯保証契約を締結していた場合などの保証債務については,原則として債務として控除することはできません。ただし,主債務者が無資力であって,保証人が主債務者に代わって債務の支払いをしなければならず,なおかつ代わって支払った分を主債務者から回収する見込みがない場合には,例外的に被相続人の財産から債務として控除できるとする裁判例(東京高裁平成8年11月7日判決)もあります。

 

個別的遺留分の割合

 遺留分を算定するための基礎となる財産額が確定すると,次に遺留分権利者の個別的遺留分の割合を計算します。


 遺留分権利者が複数いる(直系尊属以外の者がいる)場合は,2分の1に自己の法定相続分を乗じたものが,個別的遺留分となります。例外的に,遺留分権利者が直系尊属だけである場合は,3分の1に,自己の法定相続分を乗じたものが,個別的遺留分となります。

遺留分について詳しくはこちら

 

遺留分額

 遺留分を算定するための基礎となる財産額と個別的遺留分の割合が明らかになれば,これらをかけ合わせることで,遺留分権利者の遺留分額が明らかになります。

 

 それでは,本件の事案でお兄様の遺留分額を計算してみましょう。

【お兄様の遺留分額】

 

  • 遺留分を算定するための基礎となる財産額=被相続人が相続開始時に有していた財産の価額(4000万円)+生前贈与(500万円)―相続債務(500万円)=4000万円…①

 ここでは,お兄様への贈与は,15年前になされていますので,遺留分算定の基礎財産に算入されません。

  • お兄様の個別的遺留分の割合=2分の1×2分の1(法定相続分) =4分の1…②
  • お兄様の遺留分額=①×②=1000万円

 

 

遺留分侵害額

 遺留分額が明らかになったところで,次に,遺留分侵害額を計算します。計算は次のように行います。

【遺留分侵害額】

=「遺留分額」-「遺留分権利者が受けた特別受益の額」-「遺留分権利者が相続によって得た財産額」+「遺留分権利者が負担する債務」

 

 それでは,本件の事案でお兄様の遺留分侵害額を計算してみましょう。

【お兄様の遺留分侵害額】
  • 遺留分侵害額=遺留分額(1000万円)-遺留分権利者が受けた特別受益の額(900万円)-遺留分権利者が相続によって得た財産額(0円)+遺留分権利者が負担する債務(0円)=100万円

 

 ここで重要なことは,遺留分侵害額を計算する際には,遺留分権利者が受けた特別受益については期間制限がないということです。お兄様が住宅資金として贈与を受けたのが15年前であっても,遺留分侵害額を計算する際は,遺留分額から差引くことになります。

 

 このように,お兄様は,お父様の,全財産をあなたに相続させるという遺言の結果,100万円の遺留分が侵害されたことになりますので,あなたに対し,100万円の遺留分侵害額請求権を有しているということになります。

 

遺留分侵害額請求権の行使

 遺留分は何もしなくても当然にもらえるというわけではありませんので、遺留分侵害額の請求をする必要があります。これを「遺留分侵害額請求」といいます。


 遺留分侵害額請求は、遺留分を侵害されていることを知った時(例えば、遺言書が見つかり、全く自分には相続財産を与えてもらえなかったことが分かった時など)から1年以内に行う必要がありますので、注意が必要です(民法1048条前段)。


 また、遺留分を侵害されていることを知らなかったとしても、相続開始から10年経つと、請求できなくなります(民法1048条後段)ので、遺留分侵害額請求をしたい場合はお早めに動かれることをお勧めしています。

 

遺留分侵害額請求は誰に対してする?

 遺留分を侵害された人は,遺留分を侵害する受遺者,受贈者,その包括承継人(相続人が典型例です。)に対して,遺留分侵害額請求をすることができます。


 そして,ここでいう「受贈者」は,「特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む」と規定されています(民法1046条)。


 本件の事案では,あなたがお父様の遺言によって,全財産を相続すると定められているので,「受贈者」に該当して,お兄様より遺留分の請求を受けることとなります。

 

 

まとめ

 それでは今回の内容を確認しましょう。

  • 「遺留分」とは,一定の相続人について,最低限保障されている持分的利益をいいます。
  • 遺留分侵害額を計算する際には,相続開始時に存在していた財産に,一定の要件に該当する生前贈与を加えます。
  • 令和元年7月1日以降に発生した相続については,共同相続人の一人に対してなされた贈与は,相続開始前の10年間にされたものであれば,特別受益にあたる場合に限り,遺留分算定の基礎財産に算入されます。
  • 遺留分侵害額を計算する際,遺留分権利者が受けた特別受益の額を控除します。
  • 遺留分侵害額請求は、遺留分を侵害されていることを知った時から1年以内に行う必要があります。

 

 遺留分を計算する際の生前贈与に関しては,期間制限があるのか無いのかについて複雑であり,誤解されている方が多いところです。近年法改正されたことも相まって,正確に遺留分侵害額を計算することは簡単ではありません。


 遺留分侵害額請求を行使するためには、遺留分を侵害されていることを知り、資料を収集し、不動産等の財産について評価を行い、遺留分侵害額を計算し,遺留分を侵害している相手方との交渉を行う必要があります。時効というタイムリミットもあるなか,これらのことを専門家の助力なしに行うことは困難を伴います。

 

 また,遺留分侵害額請求をされている方においても,相手方の請求している遺留分侵害額が妥当なものなのか判断することは難しいのではないでしょうか。専門家の助力を得ることで,手続きの煩わしさや,不安点が解消され,早期解決につながるでしょう。

 

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この記事の監修者

監修者:弁護士・税理士 岡本成史

【専門分野】

相続、不動産、企業法務

 

【経歴】

平成6年に、京都大学法学部在学中に司法試験合格。平成9年に弁護士登録後、大阪の法律事務所勤務を経て、平成18年10月に司法修習の配属地でもあった福岡で岡本綜合法律事務所を設立。

 

平成27年に相続診断士を取得し、相続の生前対策に積極的に取り組む。また、平成29年には宅地建物取引士(宅建)、平成30年には家族信託専門士、税理士の資格を取得・登録。不動産や資産税・相続税にも強い福岡の弁護士として活動している。

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