認知症の疑いがあっても遺言書の作成はできますか?

Q 最近,うちの父(母)は,物覚えが悪い,怒りっぽい,頑固になった,などの認知症の初期症状のようなものを感じます。認知症の疑いがあっても,遺言書の作成は可能なのでしょうか。

A.以下のとおり,遺言書を作成した方が認知症である場合には,遺言書が無効とされてしまうケースがあります。

また,無効とまではされなくても,相続人の中には,このような遺言は無効ではないかという疑いを持つ者が出てくる可能性は高いことから,遺言書の有効性をめぐって,争族トラブルを引き起こしてしまう可能性があります。遺言書は,ぜひ,判断能力に問題がない健康な状態のうちに作成されることをお勧め致します。

遺言作成には,遺言能力(意思能力)が必要です。

少し専門的な話になりますが,遺言は「法律行為」の一種になります。「法律行為」が有効に成立するためには,法律行為を行う者に「意思能力」が必要になります(大判明治38年5月11日)。「意思能力」とは,法律行為により,どのような結果が生じるのかをきちんと判断できる能力などと説明されます。

「法律行為」という言葉は聞き慣れないかと思いますが,「法律行為」の典型的な例としては,契約が挙げられます。

例えば売買契約を締結すれば,その売買契約に基づいて代金の支払を求める権利(義務)や買った品物の引渡しを求める権利(義務)が発生します。このように,法律上の一定の効果が発生する行為が「法律行為」であり,遺言もこの「法律行為」に含まれると考えられています。

 

ここで,認知症とは,老いにともなう病気の一種で,「さまざまな原因で脳の細胞が死ぬ,または働きが悪くなることによって,記憶・判断力の障害などが起こり,意識障害はないものの社会生活や対人関係に支障が出ている状態(およそ6か月以上継続)」をいうとされています(政府広報オンラインより。)。

 

ですので,認知症により生じるとされる判断力障害の状態や程度によっては,遺言書の作成によりどのような結果が生じるのかきちんと判断することができない状態(意思能力に欠ける状態)にあると裁判所から認定され,せっかく作成した遺言書が無効になるという事態も生じます。

また,認知症による判断力障害が,作成した遺言書が無効と評価されるほどの状態・程度ではなく,結果的に有効なものと判断されたとしても,認知症が疑われるような状況で作成した遺言書は無効なのではないか,という疑念を抱く相続人が,遺言が無効であるとして争い,争族トラブルが発生することもあります。このように争族トラブルを回避するために作成した遺言書であるにもかかわらず,かえって争族トラブルを引き起こしてしまうということにもなりかねません。

 

したがって,遺言書は,是非,遺言書を書かれる方が健康で,判断能力に問題がない状態のうちに書かれるようにしてください。「相続対策に取り組むのに,早過ぎるということはない」ということです。

 

 [認知症でも遺言が作成できない訳ではありません。]

  もっとも,人はなかなか必要に迫られないと行動を起こしません。元気なときは,自分が死んだ後のことなど考えたくもないというのが本音ではないでしょうか。そして,身体の自由が利かなくなったり,物忘れが酷くなってきて,初めて遺言を書こうと思い立つかたも多いというのが現状です。そういうときに,認知症と診断されたからといって,意思能力(遺言能力)がなく,遺言書を有効に作成できなくなるという訳ではありません。認知症と行っても程度は様々ですし,また同じ人でも,一時的に意思能力が回復する場合などもあります。

  裁判例でも,意思能力(遺言能力)があったか否かは,①遺言者の精神上の障害の有無,内容,程度等の医学的な観点からのみ判断するのではありません。認知症があっても,それは総合判断の諸事情の1つであり,これだけが決め手になるわけではありません。例えば,長年同居している親族がいるのに,ほとんど交流のなかった他人に財産を譲るのは不自然であるなど②遺言を作成する人と相続人(や受遺者)との人的関係や,作成の動機や経緯を総合的に判断することが必要になります。

  また,遺言の内容が複雑かどうかという③遺言の内容も重要になってきます。自宅の土地建物しか遺産がなく,これを1人息子に相続させるという遺言であれば,内容も簡単ですので,高度な能力は必要ないといえますが,複数の人に遺贈するなど遺言の内容が複雑なもの,遺贈の金額が高額になるものなどは,ある程度高度の判断能力が必要ということになります。

  ですから,認知症になったから,遺言書が作成できないということではありませんので,簡単に遺言書作成を諦めることがないようご注意下さい。

 

 

 [被後見人でも遺言書は作成できます。]

  なお,認知症を発症した方の中には,後見開始の審判を受けられ,成年被後見人となられている方もいらっしゃるかと思います。民法には,成年被後見人の方が意思能力を一時的に回復した時に,医師2人以上の立会いの下,遺言をすることができるという規定がありますので,参考までにご紹介します(民法973条1項)。

 

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この記事の監修者

監修者:弁護士・税理士 岡本成史

【専門分野】

相続、不動産、企業法務

 

【経歴】

平成6年に、京都大学法学部在学中に司法試験合格。平成9年に弁護士登録後、大阪の法律事務所勤務を経て、平成18年10月に司法修習の配属地でもあった福岡で岡本綜合法律事務所を設立。

 

平成27年に相続診断士を取得し、相続の生前対策に積極的に取り組む。また、平成29年には宅地建物取引士(宅建)、平成30年には家族信託専門士、税理士の資格を取得・登録。不動産や資産税・相続税にも強い福岡の弁護士として活動している。

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