亡くなった親の預貯金、すぐに引き出すことは可能ですか?

Q.私の両親のうち,父が先日亡くなりました。母は存命で,子供は私と弟です。私と母は,福岡に住んでいますが,弟は東京で就職し,福岡には滅多に帰ってきません。父の預貯金はそれなりの金額がありますが,母の個人の預貯金はほとんどなく,私も蓄えがあまりなく,生活の余裕はありません。東京の弟にもあまり頼れない状況です。

 このような状況ですが,父の葬儀費用や母の当面の生活費を確保するために,父の預貯金からお金を引き出して,これらの費用にあてたいと考えております。私は,父の預貯金を引き出して使用することに異論がないのですが,弟はなんというかわかりません。勝手に引き出して,葬儀費用等に使ってよいのでしょうか?


A.お父様の預貯金は,遺言がない場合には,弟さんを含む相続人全員の共有になりますので,預貯金を引き出すには,基本的には相続人全員で遺産分割をする必要があります。もっとも,近年の法改正により,金融機関に対して,預貯金の仮払いが認められる場合があります。

 

預貯金の名義人が死亡すると口座が凍結される?

 被相続人(亡くなった方のこと)名義の預貯金口座は,親族等が,被相続人の預貯金の存在する銀行に対し,被相続人が死亡したことを伝えることで凍結されます。預貯金口座は、被相続人が亡くなったと同時に自動的に凍結されるわけではありません。

 
 死亡の連絡を受けた銀行等の金融機関は、相続を担当する部署に連絡を入れ,預貯金口座の凍結を行います。
  

預貯金口座が凍結される理由

 預貯金口座が凍結されるのは、遺族が無断で被相続人名義の預貯金を引き出し,トラブルとなることを防止するためです。相続財産である被相続人の預貯金は、遺言のない場合には,相続人全員の共有財産として管理されます。遺産分割協議により,具体的に預貯金の帰属が決まるまでは、預貯金口座はひとまず凍結されるのです。

 

口座をすぐに凍結したほうがよいケース

 亡くなった被相続人に多額の財産があり、相続人間で相続争いが起きそうな場合はすぐに預貯金口座を凍結させましょう。親族の誰かが被相続人のキャッシュカードを持っており,暗証番号を知っていれば、他の相続人らに無断でお金を簡単に引き出せます。相談をすることなくお金を引き出してしまいそうな親族等がいる場合は特に注意が必要です。親族等の誰かが預貯金を持ち去ってしまわないためにも、できるだけ早く預貯金口座の凍結を行いましょう。

 

口座を凍結されると困るケース

 亡くなった親の預貯金口座で普段から家計のやりくりをしていた場合や、親の口座を各種料金の引き落とし口座に設定していたという場合は,突然預貯金口座が凍結されると困ることになります。預貯金口座の凍結が行われると、口座からの引き落としもできなくなるため、これまでのような家計の管理ができなくなります。

 

 凍結された預貯金口座をそのままにしておくと、公共料金の支払いができず,またクレジットカード会社から引き落としができないという旨の通知が届きます。

 

 預貯金口座の凍結をして困らないようにするためには、これらに対応する準備を終えてから銀行に親が死亡したことを伝えるのがよいでしょう。特に、各種料金の引き落とし口座は,それぞれ確認しながら口座の変更を行う必要があります。

 

口座が凍結されてないからといって,安易に預金を引き出すのはやめましょう

 銀行が被相続人死亡の事実を確認できていない間は、キャッシュカードの暗証番号を知っている相続人は,預貯金を引き出すことも現実には可能ですが、次の2つのリスクが発生しますので安易な引出しはやめましょう。

 

他の相続人とトラブルになるリスク

 相続が発生してから,キャッシュカードの暗証番号を知っているからといってお金を引き出していると、後になって、他の相続人から、引出した預貯金の使途等について追及され,またその返還を求められる場合もあります。

 

 なぜなら、遺産分割協議が終わるまでは,被相続人の預貯金は,相続人の共有財産であり,誰がどういう割合で相続するかが決まってない状態です。被相続人の死後に被相続人の預貯金を引出すと,他の相続人から,預貯金に関する権利を侵害されたと主張される可能性があるので注意が必要です。

 

相続放棄をできなくなるリスク

 被相続人に借金等の負債があることを発見した場合に,借金を相続することを免れるために「相続放棄」という手続きを選択することがあります。もっとも,被相続人の預金を引き出した行為がもとで,相続放棄ができなくなる場合もありますので慎重に行動しましょう。

 

 相続人から相続した財産を「処分」してしまった場合は,相続を承認したものとして,その後,相続放棄が認められないことになります。そのため,被相続人の預貯金を引き出し,それを使用してしまうと、相続財産を処分したと評価され,相続放棄ができなくなる可能性もあります。

 

緊急の場合にどうしても引き出す必要がある場合

 被相続人の葬儀費用等に充てるためにやむを得ず預貯金の払戻しの必要がある場合は,あらかじめ他の相続人の同意を得ておき,加えて,預貯金を使用した場合も用途が明らかになるように領収書等をしっかり残しておくようにしておきましょう。少しでも不安があれば,専門家に相談することをお勧めいたします。

 

正式な手続きで預貯金口座から払い戻しを受けるためにするべきこと

 払戻し手続の大枠は、各金融機関で類似しております。もっとも,金融機関ごとに求められる書式が異なっていますのでそれぞれの銀行ごとに対応しなければなりません。

 

遺言書がある場合

 遺言書がある場合の相続の手続には、概ね次の書類が必要となります。もっとも,実際には,金融機関によって必要書類は異なりますので,各金融機関に確認することが必要です。

 

 なお、遺言による相続の場合、「遺言書」の内容に応じ、手続や必要となる書類が異なります。遺言書および遺言書の検認を確認できる書類がご用意できた段階で、お取引金融機関にご相談ください。

 

・遺言書 ・検認調書または検認済証明書(公正証書遺言と法務局の遺言保管制度を利用した自筆証書遺言の場合は不要)

・被相続人の死亡が確認できる除籍謄本等

・預貯金を相続される方(遺言執行者がいる場合は遺言執行者)の印鑑証明書

・遺言執行者の選任審判書謄本(裁判所で遺言執行者が選任されている場合)

 

遺言書がない場合

 遺言書がない場合は、相続人全員で相続手続きをしなければ預金の払戻し手続きはできません。

 

 平成28年の最高裁判所の判決が出る以前は、相続人の1人が単独で,自身の法定相続分相当額の払い戻しを銀行に対し請求(ただし,現実には訴訟提起が必要でした。)することもできました。もっとも,判例の変更の結果、相続人が,自分の相続分相当額のみの払い戻しを受けることが難しくなったのです。

 

 遺産分割協議書がある場合の相続の手続には、概ね次の書類が必要となります。もっとも,実際には,金融機関によって必要書類は異なりますので,各金融機関に確認することが必要です。

・遺産分割協議書(法定相続人全員の署名・捺印があるもの)

・被相続人の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡までの連続したもの)

・相続人全員の戸籍謄本等

・相続人全員の印鑑証明書

 

預貯金の仮払い制度を利用する

 これまでの説明のように,遺言により預貯金を被相続人から引き継ぐか,相続人全員での遺産分割協議がまとまらないと,預貯金の凍結が解除されず,金融機関に対して預貯金の払戻しができないのが原則です。

 

 もっとも,それでは葬儀費用などで早急にお金が必要なとき等、相続人たちがお金を用意できずに困るケースが発生して問題になりました。そこで,民法改正によって2019年7月から預貯金の仮払い制度が開始し、遺産分割が成立する前であっても、一定の金額であれば法定相続人が被相続人名義の預貯金を出金できるようになりました。

 

 仮払いを受けられる金額は,以下の①,②のいずれか低い額となります。

① 相続開始日の預金残高×3分の1×請求する相続人の法定相続分

② 上記の額が150万円を超える場合は150万円

 

 この計算に基づく仮払金は,金融機関毎の金額になります。被相続人が複数の金融機関に預貯金を有していた場合には,それぞれの金融機関に上記の仮払いを請求することができます。

 

【計算例(事例は本記事冒頭と同じ家族構成にしています。)】
   

・相続人・・・妻及び子2人    

・預貯金の内容・・・銀行①2400万円、銀行②1500万円、銀行③600万円     

上記の例では、相続人は以下の額の仮払いを受けることができます。    

【妻】銀行①=150万円、銀行②=150万円 、銀行③=100万円    

【子それぞれ】銀行①=150万円、銀行②=125万円 、銀行③=50万円

 

預貯金の仮払い制度の注意点

遺産分割協議に悪い影響を及ぼす可能性

 仮払いの制度は相続人の1人から請求できるもので、遺産分割協議前にも金融機関に対して請求できます。他の相続人の了解を得る必要もなく単独で請求できるため、他の相続人の立場からすると相続財産を減らす行為と考えられ、勝手に仮払いをしたことで感情的対立を招き,遺産分割協議に悪い影響を及ぼす可能性がないとはいえません。
  

相続放棄できなくなる可能性がある  

 預貯金の仮払い制度を利用すると,相続財産の処分をしたとして「相続の承認をした」とみなされ,「相続放棄」ができなくなる可能性があります。そして,相続の承認をすると,「資産(プラス)も負債(マイナス)もすべて相続する」ことになります。

 

 預貯金の仮払い制度を利用しても、全額を身分相応の,当然営まれるべき程度の葬儀費用の支払いに充てたのであれば相続を承認したものとは認定されない可能性もあります(そのように判断した裁判例もあります。)。一方、自身の生活費のために使った場合には,相続を承認したものとして,相続放棄ができなくなる可能性が高くなります。預貯金を自分の口座に移しただけでも相続の承認となる可能性がありますので、将来相続放棄を考えているのであれば、安易に預貯金の仮払いを利用しない方が良いでしょう。

 

まとめ

 それでは今回の内容を確認しましょう。

(1) 被相続人名義の預貯金口座は,親族等が,被相続人の預貯金の存在する銀行に,被相続人が死亡したことを伝えることで凍結され,引出しができなくなります。

 

(2) 仮に被相続人死亡後口座が凍結されてない場合でも,安易に被相続人の預金を引出すことはやめましょう。

 

(3) 預貯金を引出すための手続は,金融機関ごとに異なりますので,金融機関に問い合わせをして手続きを進めていく必要があります。

 

(4) 預貯金の仮払い制度を利用することで,遺産分割前にも被相続人の預貯金を引出すことができる場合があります。

 

 被相続人の預貯金口座の名義変更や解約には、時間と労力がかかります。また、すぐに現金が必要な場合には仮払制度を活用することもできますが、被相続人と相続人全員の戸籍謄本等が必要になり、資料の収集や金融機関とのやり取りについて時間と労力がかかります。

 

 相続人間の争いは長年の感情的対立などもあって深刻になりやすく、争いも長期化しやすいです。したがいまして,迅速かつ円満な解決のために,早期に,相続に熟知した弁護士が関与して,手続きを進めていくことをお勧めします。

 

 当事務所の弁護士は、弁護士歴25年以上の経験の中、多くの専門性を要する相続・遺産分割の相談を受けてきました。机上の法律知識だけでは得られない,多数の相談や解決実績に裏付けられた実践的なノウハウを蓄積しております。

 

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この記事の監修者

監修者:弁護士・税理士 岡本成史

【専門分野】

相続、不動産、企業法務

 

【経歴】

平成6年に、京都大学法学部在学中に司法試験合格。平成9年に弁護士登録後、大阪の法律事務所勤務を経て、平成18年10月に司法修習の配属地でもあった福岡で岡本綜合法律事務所を設立。

 

平成27年に相続診断士を取得し、相続の生前対策に積極的に取り組む。また、平成29年には宅地建物取引士(宅建)、平成30年には家族信託専門士、税理士の資格を取得・登録。不動産や資産税・相続税にも強い福岡の弁護士として活動している。

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