相続人の中に、高齢で認知症の方がいます。遺産分割協議はどのように進めたらいいのでしょうか?
目次
Q 父が今年亡くなりました。父は、生前に遺言書を作成していませんでした。
父の相続人は母・私(Aさん)・弟の3名です。
母は、5年前くらいから、もの忘れが酷くなり、すでに認知症と診断されていま
す。
このような状況ですが、父の遺産の分割方法についての協議をすることはできるの
でしょうか。
母に成年後見人を選任しなければならないと聞いたことがあります。
成年後見人を選任すると費用もかかると聞いたことがあり、不安です。
A 自身の行った法律行為を、自身で理解できない(認知症など)方がいる場合、遺産
分割協議をすることはできません。
相続人の中に、判断能力が低下している方がいる場合、そのままの状態で遺産分割
協議を行ってしまうと、後に無効と判断されてしまう可能性があります。
したがって、認知症の程度によっては「成年後見人」を選任しなければなりませ
ん。
なお、専門家が成年後見人となった場合は、遺産分割の方法の柔軟な対応が難しくなり、成年後見人
の報酬も発生しますのでご注意ください。
以下で詳しく説明します。
相続人の中に、判断能力が低下している方がいる場合の注意点
認知症の相続人は、自身で遺産分割協議ができません!
認知症や、重い脳梗塞などを理由に、自分が行った法律行為(契約など)の結果を理解する能力(=意思能力といいます。)がない人は、法律行為ができません。意思能力がない者が行った法律行為は、無効となってしまいます。
「遺産分割協議」も、法律行為の1つですので、意思能力のない者は遺産分割協議ができません。仮に、意思能力がない方が、遺産分割協議書に署名・捺印していたとしても、その遺産分割協議は無効となりますので、注意が必要です。
相続放棄もできない?
被相続人(亡くなった方)の財産・借金などの権利・義務の全てを放棄する「相続放棄」も法律行為です。そのため、意思能力がない者は、相続放棄をすることもできません。
認知症の相続人がいる場合の遺産分割協議は、どうしたらいいの?
相続人の中に、認知症の人がいる場合は、『成年後見制度』を利用することで、遺産分割協議を進めることができます。逆に言うと、遺産分割協議を行うためには、『成年後見制度』を利用する方法しかありません。
『成年後見人』とは、認知症などを理由として、意思能力がない人の代わりに、財産を管理する人のことをいいます。
『成年後見制度』には、法定後見と、任意後見があります。
【任意後見】
本人に、まだ充分な判断能力がある間に、未来を見据えて、本人自身が、自分の判断能力が低下したときに保護をしてくれる人を指定して、その人と契約しておく制度です。
【法定後見】
すでに判断能力が低下してしまった場合に、利害関係人(親族など)が家庭裁判所に申立をして、財産の管理などをする人を選任する制度です。
成年後見人の選任を希望する場合は、本人の住民票上の住所地を管轄する家庭裁判所に、後見開始の審判申立てを行います。
家庭裁判所は、本人に後見人を付すことが相当であるか審理をし、成年後見人を選任します。
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相続人の1人が、他の相続人の後見人となることはできません。
このような場合、遺産分割協議の際に、自分自身の立場と、成年後見人としての立場、2つの立場に立つことになってしまいます。
本件のQ&Aの場合、Aさんや弟が、認知症の母の成年後見人になってしまうと、自分自身の地位と母の成年後見人としての地位が併存してしまうことになります。このような状況で遺産分割協議を行うと、【自分の利益を優先すること=母の利益を害すること】となってしまいます。
このように、利益が相反してしまっている状態を解消するためには、家庭裁判所に『特別代理人』を選任してもらう必要があります。そして、その『特別代理人』が、本人に代わって遺産分割協議を行うこととなります。
『成年後見制度』の問題点
成年後見人が選任されると、認知症の本人に代わって、遺産分割協議をしてもらうことができます。しかし、成年後見制度には使い勝手が悪い点があるのも事実です。
(問題点1) 柔軟な解決ができない
成年後見人は、本人に代わって遺産分割協議をすることとなりますので、本人の法定相続分をしっかりと確保する役割があります。
例えば、認知症になる前であれば、みんなで話し合い、「お金が必要な方に多めに預貯金を相続させる」とか、「2次相続(母が死亡した時の相続)の相続税対策として、母の財産を増やさないように、母の相続分を、法定相続分よりも少なくする」など、そのときの状況に合った、柔軟な遺産分割協議ができます。
しかし、成年後見人が就くと、成年後見人の使命は【本人の財産を保護すること】なので、本人の法定相続分をしっかりと確保する必要があり、柔軟な解決はできません。
(問題点2) 後見人には報酬が必要
弁護士・司法書士などの専門家が成年後見人になった場合は、後見人の報酬が必要となります。少なくとも月2~3万円程度発生し、財産の内容によってはそれ以上かかることもあります。基本的には、成年後見人が選任されると、本人がお亡くなりになるまでは、継続的に後見人報酬が発生します。
成年後見人を選任しないとどうなる?
成年後見人を選任しないままでいると、以下のようなことが発生します。
被相続人(亡くなった方)の預貯金口座の解約ができない!
後見人を選任せず、遺産分割協議が未了の状態だと、被相続人(亡くなった方)の口座は、凍結されたままとなってしまい、解約することができません。
「預貯金の仮払制度」を有効活用し、一定の金額については、遺産分割協議の成立前であっても払戻しを受けることができますが、上限額が決まっており、「預貯金債権額の1/3×請求者の法定相続分」もしくは「150万円」のいずれか少ない金額となります。
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被相続人(亡くなった方)名義の不動産を売却したり、担保を設定することができない!
被相続人(亡くなった方)名義の不動産についても、売却したり、担保を設定するためには、遺産分割協議を行わなければなりません。
また、不動産の相続登記は、令和6年4月から義務化されました。正当な理由なく、相続登記を懈怠した場合には、10万円以下の過料が科されることがあります。
そのため、被相続人(亡くなった方)名義の不動産をそのままにしておくことはできません。
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さらに、危険な不動産(倒壊の危険がある建物など)を放置していると、行政から指導を受けることもあります。不動産の倒壊などで、第三者に損害を与えてしまった場合には、損害賠償責任を負うことになるなど、不利益が発生する可能性もありますので注意が必要です。
相続人がどんどん増加してしまう!
認知症の相続人がいるからといって、遺産分割協議をしない状態を、数年放置していると、さらに別の相続人が認知症となったり、死亡して相続人が増えていく場合もあります。
本件のQ&Aで例えると、遺産分割協議を放置している間に弟が死亡し、弟に子や配偶者がいる場合、弟の相続人となる方々とも、遺産分割協議をしなければなりません。
このように、ほとんど話をしたことのない相続人がどんどん増えていくほど、遺産分割協議の成立はますます難しくなってしまいます。
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まとめ
今回の内容は、以下のとおりです。
(1) 認知症などにより、判断能力がない人は、後見人を選任しなければ、遺産分割協議や相続放棄
をすることはできません。
(2) 判断能力がない人が、遺産分割協議書に署名・捺印しても、その遺産分割協議は無効となりま
す。したがって、意思能力がない相続人がいる場合は、『成年後見制度』を利用する方法しかあり
ません。
(3) 『成年後見人』とは、本人の代わりに財産を管理する人のことをいいます。成年後見人は本人
の代わりに、遺産分割協議をすることとなります。
(4) 成年後見人を選任することにはデメリットもあります。しかし、成年後見人を選任せず、遺産
分割協議を放置していると、相続問題がますます複雑になってしまいます。
認知症などが原因で、判断能力が著しく低下している相続人がいる場合、成年後見人を選任しなければ、遺産分割協議を進めることはできません。
成年後見制度の利用によって、遺産分割協議が複雑になることもあり、判断が難しい場合もございます。そのため、まずは相続に精通した弁護士に、対応方法を相談した方がよいでしょう。
また、このような事態が発生しないように、生前に遺言書を作成しておくのがおすすめです。
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