相続財産である預貯金から葬儀費用を支出していた上に、相続開始から11か月が経過していたが、相続放棄が認められた事案
相談内容
依頼者の父は前年12月に死亡されました。相続財産としては、預金が80万円程度存在するだけであったため、預金を解約のうえ,そこから葬儀費用等に約50万円を支出しておられました。相続人は依頼者の兄弟3名であり、分割しても1人10万円程度となることもあって、残金については、依頼者が手元で保管しておられました。
相続開始後10か月が経過した頃、亡くなった父親が事業をしていたときの保証債務が、約400万円残っているとして、依頼者のもとへ債権者から通知が届きました。
依頼者は、このような債務を支払う能力がないため、慌てて弊事務所にご相談にお越しになりました。
弁護士の活動内容
依頼者には、約400万円の相続債務を支払う余裕がないとのことでしたので、『相続放棄の申述受理申立』をする方針を決め、急ぎ申立てをすることにしました。なお、請求を受けた債務は、元々約25年前に発生している債務であったことから、債務が時効にならないか検討するために、債権者に対し、裏付け資料の提示も並行して請求しました(最終的には、判決や一部弁済等で時効が中断している可能性が高いと判断して、相続放棄を進めました。)。
もっとも、相続財産である預金を解約したうえで、そこから葬儀費用の支払いをしており、現実に相続財産が減っていることから、「相続財産の処分」(民法921条1号)に該当して、相続を承認したもの(=相続放棄が認められない)とされる可能性がありました。また、相続放棄は、原則として「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月以内に家庭裁判所でその旨を申述しなければならない(民法第915条第1項)ところ、本件では既に相続の開始から10か月が経過(申立時には約11か月が経過)していることから、相続放棄の申述が受理されない可能性がありました。
そこで、依頼者から詳細な事情を聞き取ると共に、可能な限りの資料を収集しました。そして、葬儀費用の支出が「相続財産の処分」には該当しないこと、また、債権者からの通知を受領したときから3か月以内であれば、相続放棄申述を受理すべきであることを、裁判所に説明する文書を作成して、速やかに申立てをしました。
結果
無事に相続放棄の申述が受理されました。
弁護士の所感(コメント)
相続財産である預貯金を解約し、そこから支出をすることは原則として「相続財産の処分」に該当し、相続を承認したものとされ、相続放棄の申述は受理されないと考えるべきです。
また、「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは
①被相続人の死亡を知った時
②自分が相続人であることを知った時
とされていますので、そこから3か月が経過すると相続放棄の申述は受理されないのが原則です。
ただし、そこで諦めては、依頼者が予期せぬ相続債務を引き継ぐことになってしまいます。また、本件では、預金の解約金を自分のために費消したというのではなく、葬儀費用という、亡父のために必要な支出に充てているうえに、元々は約25年前に発生した債務について、死亡後に引き継がされるというのは、あまりにも酷です。現実に、裁判所も比較的緩やかに受理をしてくれる運用がされていますので、「期間が過ぎているから」「処分になりそうだから」といって諦めるのではなく、しっかりとした説明を添えて申立てをしたことが、期待した結果に繋がったと思います。
なお、葬儀費用については、大阪高決平成14年7月3日判タ1154号126頁が次のとおり判示していますので、これを引用しつつ説明を展開しました。
【判例】
『葬儀は,人生最後の儀式として執り行われるものであり,社会的儀式として必要性が高いものである。そして,その時期を予想することは困難であり,葬儀を執り行うためには,必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば,被相続人に相続財産があるときは,それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。また,相続財産があるにもかかわらず,これを使用することが許されず,相続人らに資力がないため被相続人の葬儀を執り行うことができないとすれば,むしろ非常識な結果といわざるを得ないものである。
したがって,相続財産から葬儀費用を支出する行為は,法定単純承認たる「相続財産の処分」(民法921条1号)には当たらないというべきである。』
また、依頼者ら兄弟と父親との生活歴や、父親が営んでいた事業との関係等を詳細に述べて、このような事実関係から、相続債務の存在について知る術がなかったことなどを積極的に主張したことも、本件においては効果的であったと思われます。
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